○前書き
今年のユーロビジョンでロシア代表のLittle BigがMV再生回数1億回を超え、ユーロビジョン史上最高再生回数になることは間違いない。ロシアのエントリーアーティストのMVのこのバズり方は想定を超えていて、Little Bigと言うアーティスト、さらにロシアの音楽シーンに興味を持った。
○ソ連時代の音楽シーン
ソ連時代の音楽シーンは(少なくとも日本では)ほとんど資料がない(早稲田大学の神岡理恵子先生が日本での数少ない研究者)。当然、共産党独裁体制下で、検閲も厳しく、ほとんど資料は出てこないし、ソ連国内でも体制に承認されたアーティスト以外はオープンにはなっていないと思われる。その中で、日本でもリーチ可能だったアーティストについて軽く紹介する。
・ウラジミール・ヴィソツキー Владимир Высоцкий
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%BD%E3%83%84%E3%82%AD%E3%83%BC
「ソ連のボブ・ディラン」と呼ばれるシンガーソングライター。
当時のソ連は西側諸国のウッドストックなどのフラワームーブメントからは情報がシャットアウトされていたものの、ほぼ同時期に屋外のフォークフェスティバルが行われていた。その代表的存在。もともとロシア人が詩を愛する国民性があり、メッセージ性の強いフォークミュージックとの相性が良かったと考えられる。
ヴィソツキーと並び、ブラート・オクジャワБулат Окуджава、アレクサンドル・ガーリチАлександр Галичと並び、「О-Б-Г」と呼ばれる。
・アラ・プガチョワ Алла Пугачёва
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%82%AC%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%AF
ソ連の国民的民謡(と言うか歌謡曲)歌手。「百万本のバラ」は加藤登紀子が日本語カバー(1983)し、ミリオンセラーになった。ソ連崩壊後も1997年のユーロビジョンのロシア代表となり、長く活躍した。
○ソ連解体後の音楽シーン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD
・メジャーシーン
メジャーシーンは基本的に西側諸国の輸入がほとんどだが、ドメスティックなアーティストもそれなりにいる。ロシアは広いので、アジア側ではK-POPの市場も大きい。
・アンダーグラウンドシーン
体制崩壊直後、一時的に無政府状態になった訳で、この時代にアンダーグラウンドカルチャーが発展した(と言うより、崩壊前は通常の音楽マーケットは国営レーベル・メロディヤМелодияしかなかったため、多くのアーティストがインディペンデントレーベルからリリースするしかなかった)。そのことは90年代のサブカル雑誌「BURST」(現在は廃刊)を通じて一部日本でも紹介されている。ドラッグカルチャー、バンクムーブメントなどが紹介されている。ヘヴィメタルも盛ん。
・レイヴシーン
ベルリンの壁崩壊を祝う90年代のレイヴパーティ「ラブ・パレード」は最盛期には150万人と言う途方もない観客を集め、伝説となった。その中にはPaul Van Dykのような東ドイツ側のDJ(壁崩壊から2年後の1991年にベルリンのトレゾア・クラブでDJデビュー)もいて、レイヴは壁崩壊前から東欧ソ連圏にもラジオ電波などを通じて密かに入り込んでいたと思われる。
・t.A.T.u.
https://ja.wikipedia.org/wiki/T.A.T.u.
バグルス、エイジア等のプロデュースで知られるTrevor Hornのプロデュースで、西側資本主義世界でブレイクした女性二人組。
・EUの分裂
基本的に共産主義体制解体後の旧ソ連東欧圏は文化面において西側諸国のポップカルチャーの吸収が史上命題だった。ところが、EUが拡大し、東欧が加わると、EU参加国間の格差が問題になってきた。東欧圏はシリア難民の受入口(シリアと陸続き)となっており、西欧を目指す難民の通過点として大きな負担を強いられていることも格差拡大の要因となっている。音楽フォーマットが西側音楽の影響は残しつつも、歌詞などの面でロシア東欧の独自性が模索されることに。
・コロナ
コロナ感染爆発は、多少難民移動問題を和らげたものの、そもそも東欧諸国も西欧経済への依存は大きく、東西EU間の格差に変わりはない。
○ソ連・東欧のレイヴシーン
・OZORAフェスティバル(ハンガリー)
ヨーロッパのレイヴシーンはこれまで地中海の観光島が支えてきた。つまり、バカンスの1つとしてレイヴカルチャーが成長してきた。
その一方、レイヴはキャンプを伴い、宿泊道具などの運搬で車が必要。レイヴのニーズは大陸に移り、イベリア半島先端や東欧の内陸部でレイヴが盛んになっている。その中で、ポルトガルのBOOMなどが登場、さらにハンガリーのレイヴパーティ、OZORAフェスティバルは日本でも定期的に開催されている。
○Little Big
https://en.wikipedia.org/wiki/Little_Big_(band)
・基本情報
メンバー:
Ilya "Ilich" Prusikin
Sergey "Gokk" Makarov
Sonya Tayurskaya
Anton "Boo" Lissov
デビューは2013年。
当初はパンキッシュなスタイルのレイヴバンドであった(レッドホットチリペッパーズやプロディジーの影響を受けているとのインタビューあり)。
デビューアルバムツアーですでにヨーロッパや北米にも遠征している。
カテゴリ的にはレイヴバンドと言うことになっている。しかし、さまざまなスタイルのパフォーマンスを行っており、一筋縄では行かない。
・政治性の強いメッセージ
LollyBomb
https://www.youtube.com/watch?v=FBnAZnfNB6U
同じ共産圏で友好関係があると思われているが、北朝鮮との関係は実際には実にシニカルだということが分かる。
AK-47
https://www.youtube.com/watch?v=-QHha1zko1A
ロシアの軍需産業(カラシニコフ銃)をディズニー風アニメで皮肉るという内容。
・過激な性的表現
Big Dick
https://www.youtube.com/watch?v=i63cgUeSsY0&has_verified=1
ズバリ、イチモツについての歌。こんなバンドをユーロビジョンの代表に送るロシアって国は(笑)。
・ロシアへの愛国心、および反発
Everyday I'm drinking
https://www.youtube.com/watch?v=QrU1hZxSEXQ
J-POPでも愛国系のアーティストはいる(椎名林檎が和装でステージに立ったり)が、同時にアイロニーもぶつけるところがインターナショナル。
・上記へのコミカルなアプローチ
・音楽アーティスト以上に、YouTubeパフォーマンスアーティスト
YouTubeで観る限り、音楽フォーマットはレイヴミュージックをベースにしている一方、Music Videoの面白さを常に追求するコミックポップロックバンドの側面が大きい。
→自称「風刺アートパフォーマー」
・Little BigはYouTube時代の電気グルーヴ?
MTV全盛期にも、ビデオクリップの実験的作品は多数あった。
しかし、YouTubeの時代は、アーティストのアイディアが商業主義のフィルターを通さずにダイレクトに作られ、公開されることが大きな特徴。電気グルーヴが平成のオールナイトニッポンでやっていたような自由さが、ロシアと言う、かつて不自由の極みだったソ連時代の殻を完全に突き破ってこのようなアーティストが登場したことは極めて面白い。
○結論(インターネット配信時代の音楽)
・ピコ太郎を超えるLittle Big
UNO
https://www.youtube.com/watch?v=L_dWvTCdDQ4
ジャスティン・ビーバーがつぶやけば(笑)間違いなく日本でもブレイク可能な分かりやすい面白さ。
再生回数1億回を超え、21世紀のユーロビジョンエントリーアーティストで最も成功したアーティストになると思われる。
・ロシアは遠くない
SKIBIDI
https://www.youtube.com/watch?v=mDFBTdToRmw
ロシア本国ではこのビデオクリップでファンが“踊ってみた”動画を大量にアップした。
日本でも『恋恥ダンス』などで同様の現象が起きており、日本でも受け入れられる素地は非常に大きい。